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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

自画自賛は「老舗」だけでなく、日本全体に広まりつつある劣化傾向である

 ちょっとブックマークが多めにつけられていた記事で目についた。

こういうCMに「老舗」が協力すると、いずれ京都は衰退する。 | 堀 孝弘のごみにまつわるエコ話

 CMが放映された事情はよくわからないが、このブログ主は問題の本質を取り違えていないだろうか。「いずれ京都は衰退する」のではなく、すでに衰退しているからこそ「こういうCM」に出演してしまうのではないだろうか。別にこれは京都にかぎったことではなく、衰退というか、劣化の激しさは日本全体にいえることでもあると思う。

 このブログ主が取り上げている内容よりも気になったのは、「日本人の味覚は、世界一繊細だと思う。」という標語である。こうした身勝手で傲慢な標語はいつの頃からか、よく見かけるようになった。この傲慢さが自分たちの劣化に拍車をかけていることになぜ気がつかないのだろうか。

 筆者の視点からすると、このCMが述べる「世界一繊細な味覚」は単なるゼイタク病に見える。この「味覚」の裏には、どれだけ多くの「無駄遣い」が潜んでいることをどれだけの人間が認識しているだろうか。品質を保つために賞味期限を切れた食物がどれほど食べられずに捨てられていることだろうか。品質を保つための「必要悪」とみなす動くもあるようだが、大いなる「ゼイタク」とみなす視点があることも事実だろう。そうしたゼイタクを大前提とし「世界一繊細な味覚」を名乗ることに、少なくとも筆者は大きな違和感を感じる。

 

 話は少し変わるが、英国といえばメシが不味いことで有名である。確かにパブで出てくるおつまみも美味しくないし、それなりのレストランに入っても雰囲気だけよくて、肝心の料理は高くて不味いということもよくある話である。伝統的な料理といえば、どれも油たっぷりで、健康志向の現代の価値観からしてもあまり褒められた料理ではなかった。

 ただ、筆者は15年以上前にも一度英国を訪れたことがあるが、その時と比べて現在ははるかによくなっていることは素直に認めなければならないだろう。特にロンドンなどの大都市近郊では海外からの料理も積極的に取り入れているし、少し探せば美味しい店はたくさん出現している。

 また驚くのがテレビでの料理番組の多さである。さまざまな料理人が伝統料理のアレンジから、海外の素材を取り入れた料理まで工夫を凝らして、少しでも美味しいものをつくろうとしていることがうかがえる。今までの「英国料理はマズイ」というレッテルを必死で挽回しようという努力の形跡は認めなければならないと思う。(これが単なる「ゼイタク病」にならないことを願いつつも)

 

 胡座をかいて自画自賛している態度では、おそらく数十年後には、日本といえば不味い食べ物の代名詞の国となるのではないだろうか。「不味い」とされてきた英国に追い越されるのも時間の問題だという気さえしてくる。食べ物ではだけではなく、日本といえば「○○もダメ」という枕詞がつく、不名誉な国に落ちぶれる可能性は捨てきれない。

 きっと努力はしているのだろう。だが自画自賛の態度を取りながらの「努力」は、どれだけ実りあるものと言えるのだろうか。