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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

給料は労働の対価でありそれ以上でも以下でもない

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 遅まきながら、明けましておめでとうございます。ここのところブログを書く意欲がわかず、放置しておくことが増えてしまった。そもそも気が向いたら書こうと思って始めたブログなので、今年もそのスタンスをダラダラと続けていこうかという意気込みです。何卒、生温かく見守っていただければと思います。

 

南場智子のDNA 私の仕事哲学 第1回 「給料をもらって仕事をしている自覚がないのか」 | 株式会社ディー・エヌ・エー【DeNA】

 新年早々からこの記事が目についてしまって、ちょっと嫌な気分になった。会社や雇用主から給料をもらうからには、仕事をするのは当然である。その逆もまた然りで仕事を、労働力を会社に提供するからには給与をもらうのは当然の帰結なのである。契約で労使関係が結ばれている前提において、それ以上でもそれ以下でもない。その視点がこの経営者のは決定的に欠けているのではないだろうか。

 モチベーションが高かろうが低かろうが、愚痴を言おうが、どんなにサボっているように見えようが、仕事上結果を出し続けている状況において、このようなことを言われる筋合いはないはずである。それどころか、モチベーションの上げ下げの振幅が大きい仕事を与え続けているような経営をしてしまっている自分の非に気付かないのだろうか。それこそこの経営者の「自己責任」なのではないだろうか。

 いや、頭がイイネ!のこの方が気づいていないはずはない。気づいている上でこのように書いているのだ。

 自分の経営手腕をあえて棚上げしておいて、従業員に責任転嫁することで、従業員の「やる気」を引きずり出そうとしている節が見えなくもない。別にこの方を弁護するつもりは毛頭ないが、これはある意味、経営者の立場として珍しくもないやり方である。筆者もダークな精神の持ち主だからよくわかる。仮に筆者が経営者の立場であったなら、同様のやり口を従業員に対して取る可能性は高い。(笑

 

 このように従業員の責任転嫁していくやり方は当然認められるべきではないが、一方で入社1年目の社員にも簡単に騙されない視点を持って欲しいと思う。労働は契約の上に成り立っており、契約を履行している以上、何も「給料をもらって仕事をしている自覚がないのか」と一方的に言われて、泣き黙っている必要はないのだ。「自分としてはしっかり労働力を提供し、XXXの結果は出しています。仕事の成果として何が不満なのか具体的に述べていただきたいです」と述べる気概ぐらいはあってもいいのではないか。

 もっとも入社1年目にそこまで求めるのは酷かもしれない。だが、ここまでブラック企業が横行している日本の現状を鑑みれば、これからは学生時代から自衛手段としてこれぐらいは身につけておきたい。