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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

選挙結果とその戯言

 選挙が終わった。

【総選挙2014】もう投票しなくていい(森達也) |ポリタス 「総選挙」から考える日本の未来

 投票をあきらめた人。言いたいことはよくわかる。すごくよくわかる。主張もそれなりだし、大きな瑕疵はない。

 ただ、戦う前からもう負けている。「あきらめる」とはそういうことだ。敗者に言葉はいらない。たとえ正しいことを言っていたとしてもそれに意味と価値はないのと同義だ。口をつぐめ、筆を置けとは言わない。ただもう静かにしていてほしい。自分を見苦しくするだけだから。あきらめたのだから。

 

自民党300議席超? 選挙なんて関係ない。ヤツらに「主権」を売り渡すな!|LITERA/リテラ 本と雑誌の知を再発見

 選挙以外の「主体的な政治参加といえばデモ」なのだという。確かにそうなのかもしれない。

 日本でのデモはニュースや動画でしか見たことがない。プラカードを持って歩いている動画、社会的弱者に対しヘイトスピーチを叫びかける映像、生活の後ろ盾を持ちながら、時には微笑みも浮かべながら歩く姿。何か違和感を覚える。これはお祭りなのだろうかと。日本のデモに参加したことはないが、そう思っている人は他にもいるはずだ。

 この記事の中では中東地域のデモを例に取っているが、日本のデモと彼らとは、怒りの度合いや悲壮感がまるで異なる。家族の生活がかかっている。今ここで抗議しなければ明日には死を意識するかもしれない。彼らと日本では置かれている環境が異なるのだ。

 それに今の日本人は追い詰められても抵抗ではなく自死を選んでいく。中東のように死にものぐるいでデモを行える人はどれほどいるだろう。デモを否定することはしないが、一概にただデモをすればいいというわけでもないと思う。

 現代日本でのデモは一時的に社会の注目は浴びるのかもしれないが、決定打になることはほとんどない。最も有効な決定打となるのは法の下で政権が変わることが許される選挙なのだ。普段、ふんぞり返っている連中や、反社会勢力と仲良く写真を撮ったり、知性の欠片もないのに傲慢な失言と圧政法案をおくびもなく提出する連中を脅かせられるのは、選挙で権力の座から蹴落とす以外にない。相手の急所を攻められるとき攻めずして、針で突いていてもかすり傷程度にしかならないのである。

 

総選挙「唯一の敗者」とは?「次世代の党」壊滅の意味とその分析(古谷経衡) - 個人 - Yahoo!ニュース

 面白い分析だが、もうひとつ勝った政党の分析を忘れている。どうして共産党が3倍近く議席を増やしたのか。極右に近い次世代の党が減り、極左に近い共産党がなぜ議席を増やしたか。

 この記事の分析では

  • 「安倍政権は極右だ」などというが、それは行き過ぎである。
  • 今回の選挙で示されたのは、日本人の常識性と、穏健性と、逞しさである。

とまとめているがそれは違うだろう。兼ねてから右寄りの傾向のある政権に、さらに急進的な右傾向の支持者たちの期待が集まったとみるべきではないか。そしてその反動として左への傾きもかつてより3倍近くなった。極左傾向の支持者は圧倒的に少ないが、この先少しずつ増えてくると予想している。というのも右と異なる意見を持とうにも実質的に極左しか受け皿がもうないのだから。

 何事もそうであるが、極端な偏りが良いことであった試しはない。棒の両端でバランスを懸命にとるよりも、重心でバランスをとったほうがシンプルで効率がいいに決まっている。要するにこれはバランスを取る知恵がもうすでに回らない状態に突入していることであり、決して褒められる状況ではないことは確かだ。

 選挙の参加者、批判者、分析者もおかしくなっている状況でどう立て直せるのか、妙案を考えて行くことが次の我々のステップなのだろう。・・・それはタフな作業であることは間違いない。