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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

パチンコもカジノも「病人」を増やすだけである

thinking

とても共感できる内容のコラムだが、ちょっとモノ足りないのではないか。

パチンコ屋というこの世のクソ溜め - World Journal

筆者もパチンコ屋には馴染めない。馴染もうとしたこともあるが、当時喫煙者であったにも関わらず、そのタバコの臭いの凄まじさに辟易した。パチンコ屋に集う客層も、どこか自分とは違う雰囲気を漂わせていたのをよく覚えている。筆者は「社会の落伍者達」とまでは言わないが、根拠が希薄な「一攫千金を夢見る人たち」という印象は受けた。そして一攫千金は夢に終わるという自分なりの根拠を得た時、パチンコ屋は自分のいるべき場所ではないという確信に変わった。

このブログ著者の言うパチンコ屋に集う客層に対する嫌悪感は理解できるが、もう少し掘り下げて見てみる必要があるのではないか。例えば、以下などの疑問である。

  • なぜパチンコにハマるのか
  • なぜパチンコにハマると負のオーラは出てくるのか
  • そもそもギャンブル施設は日本に必要なものなのか

カジノなどのギャンブルは麻薬に似た常習性を伴うことが知られている。ギャンブルを行う人の脳を調べると麻薬中毒者のそれと類似した振舞いをすることがわかっている。ギャンブルを行うこと=麻薬中毒者と同様の行動を取るとは思えないが、あの「ダメな雰囲気」の理由はある程度説明はつくだろう。パチンコ依存度が激しい者に対しては「社会の落伍者」として接するよりも病人として対応する方がより適切なのではないかと思う。

 

日本にもカジノを作る計画が出現しては消えることを繰り返しているが、筆者は基本的に反対である。確かに経済効果だけ見れば、凄まじく利益の見込める政策であると思う。常習的に身が破滅するまで投資してくれるのであれば、それは莫大なカネが動くのは間違いない。カジノが存在する地域は活性化し潤うだろうが、その周辺地域が枯渇することは明らかである。

ラスベガスなどのように周辺が砂漠で産業がない地域ではまだ理解できる。だが日本は狭い国であり、どこにカジノを作ってもその周辺へのマイナス影響は無視できないものになるのではないだろうか。

またすでに多くのパチンコ屋が存在しているのである。これ以上新しいものを作ってさらなる「ダメな雰囲気」な人たちを増やしていくつもりなのであろうか。パチンコ屋を潰して心機一転したカジノを作るという案も出そうだが、利権が複雑に絡み合ったパチンコ業界を潰すことは容易ではないだろう。その結果、日本はカジノとパチンコが併存したギャンブル依存症の一大生産地となるにちがいない。

自制の効いた人は世の中に多くいるというのは幻想である。むしろ人は自制の効かない部分のほうが多いことを前提に社会制度設計は成されたほうがいいと思う今日このごろである。