異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

今のままでは週15時間労働には程遠い

 今回もGigazineさんからの引用。ここに書かれていることは非常に魅力的なことだが、たぶん将来でもほとんどの人は週15時間労働にならない。

将来は「週15時間労働」や「1年間に6ヶ月間労働」になるかもしれない理由とは? - GIGAZINE

◆ 将来とはどのぐらいのスパン?

 そもそも「将来」というのは、日本におけるどのぐらいのスパンを言っているのだろうか?大変乱暴な試算だが、計算してみよう。使用したソースデータはこれである。

  • 計算式: 年間総実労働時間÷(365日−年間休日)×週間労働日数≒1週間の労働時間
    * 年間総実労働時間の推移(パートタイム労働者を含む)の数字を使用した
    * 年間休日は120日とした
    * 週間労働日数は5日間とした
    * ソースデータにはサービス残業などは含まれていないだろうから、実際はもっと労働時間は長いと推測される
平成5年: 1910時間÷(365日−120日)×5日≒39時間
平成24年: 1765時間÷(365日−120日)×5日≒36時間

この19年間で一週間当り3時間短縮しているのが見て取れる。平成24年時点の週36時間労働を週15時間労働にするには、さらに21時間減らされなければならない。このままのペースで行くとすると、ざっと約133年後の「将来」ということになる。とっくに死んでしまってるがな。。よほどのイノベーションか、社会価値観の大変革が起きないと、労働者にとって「近い将来」においてのバラ色未来は来ないということである。

◆ 15時間労働は一部の人間に適用

 ただし、記事の例でもあげれているダ・ヴィンチのような一部の天才と呼ばれる人たちにはこうした15時間労働は許されるかもしれない。イノベーションを起こせる環境が今後研究され、短時間労働が良いと社会認知されれば、天才たちに適用される可能性はある。しかし古今東西、天才が世界人口のどの程度の割合を占めているかは言うまでもないだろう。週15時間労働にありつける労働者は極めて少ない。

◆ 多くの労働者の労働時間は緩やかに減少、もしくは悪化

 近い将来、長時間労働が健康や人間生活にとって悪いことが社会認知され、政府をはじめ企業経営者にも波及すれば緩やかに減少傾向か、減少の傾きは促進されるだろう。だが、このブログに何度も書いているように現実はそう甘くはない。

 ソースデータにある数字はこのまま鵜呑みにはできない。注意書きにも書いたが、サービス残業など表に出ない数字は含まれていない可能性が極めて高い。実際は減少傾向どころか増加傾向にあるかもしれないのだ。しかしサービス残業を加味した数字などあったとしても信頼性に疑問符がつくことは否めない。

 そもそも現在における企業活動は成長し続けることが求められる。利潤は「前年度と同様」では原則許されることはなく、前期/前年度よりも儲かっていなければお話にならない。短時間労働で儲けを出せるような労働者は優秀であり、その絶対数はそもそも少ない。労働者の短時間労働で儲けを出せるような経営者はさらに少ない。つまりほとんどの経営者、および労働者は少ない生産性で長時間働くことでかろうじて「成長」していると推測できる。だからこそ「労基法など守っていたら会社は潰れてしまう」などと宣う経営者が出現してしまうのだ。

 こうした経営者の出現を阻むには、短時間労働で高い生産性を出せるメソッドを社会に広げていく必要はあると思う。しかし、強欲化したブラック経営者、長時間労働で利益を出すことに慣れた経営者は、「高い生産性で長時間労働」という選択肢を取ることは容易に想像できる。そうした場合、労働時間は増加しても減少傾向に向かうことはないだろう。

◆ 労働環境の強化がまず必要

 このままの現状維持策や規制緩和などで、長時間労働が改善されるとは思えない。労働を行える環境のフレームワークをまず先に強化し(規制強化)、その中で短時間労働でかつ高い生産性を模索していける環境がほしい。

 「生産性」という言葉についても再定義が必要となろう。業界によってその定義は異なると思うので、何がどれぐらいの時間でどこまで上がれば「生産性が高い」と言えるのか、そうした定義もそれぞれ明確化することが求められていく。

 残念ではあるが、ほとんどの人にとって週15時間労働への道のりはまだまだ遠い。