異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

「甘えた認識」を持つ日本人はどちらか

この人の考え方のほうが明らかに甘い。

「日本人であること」に甘えないほうがいい(山本 一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース

上記で引用されている、問題となった元記事は以下。

日本人のあなたが外国人として逮捕される日。(にしゃんた) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

一つ目の記事では「逗留資格をしっかり提示しなければ治安当局に拘束されるのは当たり前」としているが、空港の入国管理窓口前でパスポートを持っていない人を探すほうが難しい。肌の色で勝手に「外国人」として判断されたのであれば、通常日本国籍パスポートを見せていることも容易に想像できる。現に二つ目の記事では、はじめに日本のパスポートについて言及している。もし見せていなかったとすれば、それはそれとして問題ではあると思うが、とても文脈からして考えにくい。

となると入国管理窓口の並びで空港係員が「目の前に立ちはだかる」ことは明らかにおかしい。立ちはだかるような行為が認められるのは、「入国審査中もしくは審査結果後」でなければならないはずだ。窓口の並びで空港係員が立ちはだかったのは、肌の色や姿格好のみで判断した、一方的な「人種判断」の可能性が極めて高い。パスポートを示し、日本人であることを主張したのにも関わらず、理由なく(もしくは肌の色で判断して)「外国人」窓口に並ばさせるのは明らかに差別であり、人権問題に直結する問題である。「これって人権なんてぜんぜん関係ないんですよ」なんて能天気なことを言っている場合ではないのだ。

この山本氏の記事にある問題はそれだけではない。彼の言う、他の国でもよくあることだから「いちいち人権だとか言っても始まりません」という認識も本質的な意味で問題だ。

確かに面倒に巻き込まれたくないゆえに、当局の言うがままに従順にするというのは異国での処世術ではある。そのほうが話が早く進む場合は多い。だが、当局による差別が行われていることに対し、疑問を持つのと持たないのでは話が大きく違ってくる。山本氏の場合は主張をまとめると「向こうも仕事上のことだから、しょうがないことだよね」という立場を取る。つまり「仕事上」のことであれば、差別も容認されるという発想である。極論すれば仕事であれば盗みもよし、犯しもあり、殺しも容認という極めて危険な発想につながりかねない。少なくとも筆者はこうした考えは受け入れられない。

海外に出かけれることが多いのであれば、こうした人権侵害が行われていることに対し、「他国でもやっていることだし、しょうがいないよね」という姿勢を取るのではなく、他国の現状を「問題」として捉え、日本でも行われていることに危惧を持つべきではなかったか。ブログ上で処世術の面だけを説き、こうした差別容認姿勢を心底から取ってしまう彼の貧弱な見識が窺える。

セキュリティの必要性は理解できるが、セキュリティの美旗を振れば何でも容認されるというのは完全におかしい。 「セキュリティ上必要だから」と言われれば、この山本氏のように思考停止をしてしまう日本人は多いのではないだろうか。こうした人が増えてしまうと、ますます空港職員による「やりたい放題」はエスカレートしていくだろう。

二つ目の記事にあるにしゃんた氏は差別的な行為に対し、抵抗した。少なくなってしまったが、こうした日本人がまだ存在することが救いだ。