異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

休暇と富の配分について

 以下の記事に、当ブログとして黙っているわけにはいかない。

マスコミの洗脳。日本人は決して働きすぎではない - 名誉社畜ブログ

誤解を恐れずに言うと、米国人の中でもワーカホリックの人は当然存在する。かつて米国で働いていたとき、残業など厭わない人(そもそも「残業」などと思っていない)も確かにいた。だが、筆者が見てきた中では彼らは少数派といっても過言ではないと思う。ほとんどの人は契約の範囲内でしか働き、定時には帰っていく。

 基本的に偉くなればなるほど、米国では忙しくなる。会社経営者に「残業」という概念はないので、経営者レベルになると多く働くこともあるだろう。それであっても18時には仕事を切り上げ、家族と食事をしたあとに残務を片付ける人が多いのではないだろうか。そもそも家族持ちの人は、家で夕飯を一緒に食べないと家族に嫌われてしまうのだ。(軍隊などで異国に派遣されている人は除く)

 上の記事を書いた人はどのような職種、立場かは存じあげないが、「一般的な米国での働き方」の中の範疇には入っていないと思われる。ちょっと「マスコミの洗脳」と題名にするにはいくら何でも無理がある。

 

 また大切なことが記事の中で触れられていない。それはSick Leave (疾病休暇)という制度が米国にあることだ。これは病気や怪我をした時に休むための休暇で、有給休暇とは別に支給される。日本では病気になっても有給休暇を使うことにはなるが、米国ではSick Leaveを使って休むことが可能である。もちろん給与は保障される。

 その他にも軍役などで、戦争に行っている間の休暇(賃金保障はなかったと思う)などもあり、利用するしないは別として、通算するとかなりの休暇が割り振られていた。また、有給休暇を取ることは労働者の権利という認識は根付いているので、とある国のように、上司の顔色を窺いながら卑屈に有給休暇を「申請」する必要もない。

 近年、米国でも休みが少なくなってきているとはいえ、睡眠時間を含む実際に「休んでいると実感している時間」を合算した場合、米国人のほうが日本人よりも多いはずである。軽く過労死ラインを超える労働時間を自慢している場合ではない。

 

 

25人に1人の年収1000万以上の皆さんが日本の所得税の半分を負担しているって知ってます? | More Access! More Fun!

 高所得者が人より努力だのリスクテイクだの普通の人より行っているのは当たり前である。多少の小金持ちになるにはそれぐらいの覚悟は当然必要になるのは、ある程度理解できる。

 だが、そんなことより問題なのは、自分一人の努力で「高所得」になったつもりでいることだ。億万長者が自分一人の努力で数兆円も稼いだ気になって、悦に入っている人がいるとしたらそれは「傲慢」という。さらに問題なのは親族から受け継いだ富裕資産で悦に入っている人がいるとすれば、それは傲慢さに輪がかかるということだ。

 どうあがいても一人で何兆というお金を稼ぐことは現実的にありえない。その裏には数多の人が働いており、その働きの結晶が「高所得」としてつながっていく。いや、そもそも皆からの結晶のありがたみを理解している人なら、何兆円という資産を貯めこむことなどできないのではないだろうか。結晶を自分だけのものにしたい、強欲さが資産の配分を拒むのである。

 

 世界の1%の傲慢と強欲が、世界にある資産の半分を握っているという現状を生み出している。この現状を鑑みれば、資産配分をどうにかしていこうという気にならないほうが本来おかしい。この記事は結果的にその逆のベクトルを目指している。富める者はさらに富めるように、と直接的でないにしろ暗に述べている。

 所得の累進課税は元より、資産課税、金融所得課税などを本来はもっと議論するべき課題だ。「多大」なところから配分するシステムを構築しないと、数多の「微少」たちの不満はますます累積していく。貧困のトリクルダウンのほうが、富のトリクルダウンよりはるかに早く、しかも確実だ。「高所得者は人より努力した/リスクを取った」などと不毛な議論をしている場合ではないのだ。