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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

ブラックな組織とテロリストの共通点

thinking

 テロの対応に追われるフランスだが、ネットをまわっているうちに下記の記事が目にはいった。

記事の内容はもっともらしいが、現代において物理的な攻撃で原発にテロを起こす可能性はあまりないような気もする。どちらかといえば、原発へのサイバーテロを警戒したほうが現実的で、サイバー世界で起きている事実から鑑みればこちらを警戒したほうがいいだろう。テロ組織としても、できるだけ手っ取り早く、安価に済ませる方法を考えるはずだからだ。

 とはいえ、テロ組織にとって自爆テロというのはある意味、安上がりかつ複雑な作戦を考える手間を大きく省ける、比較的お手頃な暴力手段であることは確かなようだ。今後はサイバー攻撃と自爆テロを組み合わせた、複合的な攻撃手段を原発に対してかけてくる可能性も否定できないだろう。

 

 本文の主旨よりも今回の記事で気になったのは、「突撃部隊は自爆覚悟であるので生還のための緻密な作戦も必要ない」という一文である。自爆テロというのはある意味、人件費やテロ計画にかける時間と手間を大幅に削減することができる悪魔の作戦である。それを準備するにあたっては実行者の思考を停止させ、組織やイデオロギーに隷属させる工夫も必要になるが、それに見合うだけの効果を生むからこれだけ頻発するのだろう。

 要は人に隷属することを強いる環境を作り出し(実行者本人は自分の意思で参加していると思っているだろうが)、それを暴力行為に用いるのが自爆テロの本質の一面なのだと思う。貧困や実質上の奴隷として搾取されるところから脱出するために、不条理な世の中の仕組みに対して抗するためにテロ組織に参加したとしても、結果的にそこでもまた隷属を強いられるというなんとも救いようのない話が展開されているのだと思う。

 

 別にテロ組織に限った話ではない。奴隷はそれを必要とする者がいるからこそ作りだされる。その仕組みは現代日本でもブラック企業・バイトという形態であったり、社会事情をよく知らない異国人を奴隷に限りなく近い状態で使役させていたりする事例は枚挙に暇がない。「タダ同然で、人を死ぬまで使い倒したい」というブラックな需要は確かに今でも存在している。

 

 少なくとも日本は半世紀ほど前に「自爆による攻撃」を礼賛していた時期があった。あれはテロではないと言う人たちがいるが、国家を上げて国民を奴隷化したあげくのテロ行為の一種であると思う。国民を守るはずの国家が、国民の自爆による犠牲を強いるという矛盾行為を理解するには、テロリストの思考法が必要だ。彼らは国のために死んだのではなく、国に利用されて死んでいったのだ。拒否する権利もあったという声も散見するが、ただでさえ同調圧力が強い日本でどこまで「拒否」などできたのであろうか。

 

 人の命はタダではない。その一見当たり前なことを繰り返し周知していくことが、こうした悲劇を繰り返さない一助となると信じたい。