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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

年金情報漏洩で再考しておきたいこと

thinking

 こうした事件が起きるたびに思うのだが、もう情報は「流出する」という前提で枠組みを設計しておいたほうがいいと思う。

不正アクセスで年金情報125万件が流出か NHKニュース

 この事件でほとんどの人が思い浮かべると思う。マイナンバーは大丈夫なのかと。データベースに一元管理せずに、個人情報は分散するというが、どこまで徹底されるのだろうか。今回もそうだが人為的なミスで、マイナンバーと個人情報がリンクしてしまうケースは、かなりの高確率で出てくるのではないだろうか。

 マイナンバーを徹底的に漏洩しないよう管理するのもひとつのやり方だと思うが、そういった無謬性に依存するのは旧態依然とした日本の官僚のやり方と何ら変わりがなく、漏洩事件そのものがなかったことにされてしまう可能性のほうが高い。それよりも漏洩した場合の対応方法に重点をおいたほうがいいに決まっている。いつ、誰が、どこから、どの情報を、どれだけ抜かれたかトレースできる仕組みを導入しておくのは基本中の基本だ。情報が漏洩したとして、悪用される前にすぐに番号の変更手続きが取れる制度も必要となってくるだろう。だが例えそれらを行ったとしても、情報そのものに価値が高まっている以上、被害はどれだけ防げるものだろうか。

 

 そもそもとして利便性やサービス向上を目的としたこうした制度の普及はいかがなものだろうか。皆にとって利便性が高いというのは当然、それを悪用する者達にとっても利便性が高いことを意味する。悪用する者達というのは、何もハッキングをするクラッカーたちだけではなく、諸外国の情報工作部員であったり、または国内の権力基盤強化に邁進する輩かもしれない。

 情報の精度とそのアクセス容易性が飛躍的に高まったことにより、以前までは見向きもされなかった個々の情報に価値が生まれだしている。価値が生まれだしているということは、それは同時に権力との親和性が高まっていることも意味している。もっと平たく言えば、情報とそれを管理するシステムを扱えることは権力を手にすることと同義になってきている。

 不正入手を試みるを想定対象として、こずるい個人クラッカーや仮想敵国としている隣国ばかりを向いてないか?利便性を追求するあまりバラ色な未来を、夢物語を前提にしていないだろうか?ほぼ一元化した情報を誰が本当に欲しがっているかという視点がどこか抜け落ちている気がしてならない。

 

 本来であれば、利便性は今ひとつかもしれないが、ナンバーは役割に応じて別々に管理されるべきだと思う。個々を「分散」して管理するのが、情報の一点集中を防げるものであるし、同時に「力」の集中を防げるものでもある。効率や利便性ばかりが社会を構成する要素ではないことをここであらためて強調しておきたい。