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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

「10年後になくなる職業」は寂しいことばかりではない

 技術革新によって、人の仕事が奪われるといった話はよく聞く。

 この記事に10年後になくなる職業として取り上げられているのは、一部を除くと、ルーチンワークで行われている仕事が多い。たしかにルーチンワークなどの繰り返し作業はシステムで行ったほうが効率がよく、品質もブレなく提供できる。このようなところでは、人の力で行われてきたルーチンワークは、システムに取って代わられる可能性は高い。

 

 話は少しずれるが、日本人のルーチンワークにおいての仕事の質は極めて高いと思っている。レジ打ちなどでも早く正確である(最も今はバーコード読み取りになっているところも多いが)。反対に米国でも英国でも、そうしたルーチンワークを行わせると、苦手な人が多い傾向にあるように思える。長時間の集中力が続かない上に、ルーチンワーク自体嫌がる人が多いように見える。なるべく自分に回ってこないように、他人にその仕事を仕向けるよう話を持って行こうとする。

 それ故、システム化する方向で話が進むことが多いのではないだろうか。人にやらせるとミスが多い上に、そもそも嫌がられるのではなるべく「人」以外にやらせたほうが皆がハッピーになる。産業革命やITの波が欧米から生じているわけがなんとなく見えるような気がするのだ。

 日本人は一人ひとりのルーチンワークをこなす能力が高いゆえに、システム化が遅れたと見ることも可能だと思う。「人力でやったほうが早いし安い」と今だに宣っているお偉方や古参は、程度の差こそあれ、多くの会社で少なからずいるのではないか。現時点という定点を見ればそうかもしれないが、個々人のルーチンワークに対する早さと精緻さがシステム化の波に乗り遅れさせ、10年後にはほぼ間違いなく敵わなくなっているシステムから仕事を奪われようとしているのだ。

 

 もうひとつシステムに仕事を奪われる可能性のあるものとして、情報化と親和性の高い職業もあげられるのではないか。たとえば金融業界などが例にあげられるだろう。すでにIBM社が開発したWatsonをオペレータとして導入した銀行もあるようだが、オペレータとしてだけでなく、審査や投融資などを行う部門もそのうち淘汰されていく可能性は高い。金融全般に精通したひと握りの人とシステム周りの面倒を見る人の数人だけで銀行業務全体を回す会社も近いうち登場するかもしれない。

 反対に情報化しづらいところでは、人間そのものを扱う仕事であり、特に身体や精神を扱う分野でのシステム化は限定される。たとえ検査の裏側でシステムによる診断はされていたとしても、システムから直接病状を言い渡されていい気持ちをする人間は少ないと思われる。

 人は人からの助言や宣言を求めたいものだ。人として存在するための根幹部分に対する意見を人から求めなくなった時、それは人としての存在理由を捨て去るときでもある。これはある意味、人が人を超えるものを生み出した究極のイノベーションであると同時に、人間性とは何かという哲学の問題を根本から捉え直さなければならないことを意味するとても興味深いテーマであるが、これはまたの機会に考えたい。

 

 システム化が進めば、そもそも大勢の人間が集って仕事を行う必要性が薄れてくるので、少人数で回す会社が増えてくると思う。個人事業主の形態でも大企業に太刀打ちできる業績を持つ会社が増えてくるのではないか。

 今でもKickstarterなどを見ていると個人事業であってもそれなりの出資額を集めている人たちはいるし、大きな会社にぶら下がっている意味合いも徐々に薄れてくるだろう。そうなると個性的な会社が数多く登場して、世の中はもっと刺激的で楽しくなるかもしれない。大企業にありがちな、長い年月で培ったすでに誰も意味もよくわからなくなっている内輪でしか通じない社風などに煩わされることもなくなっていく可能性もある。何も暗く恐ろしい未来ばかりが拓けているわけではなく、自分ができる得意なことを今よりもっと容易に売り出せる世界になっているかもしれない。

 

 引用した記事や筆者の予想が当たるにせよ外れるにせよ、10年後に世の中は今より大きく変わっていることに違いはない。なくなる職業は確かに寂しいことだが、新しく生まれる職業に期待しながら10年後を待ちわびたい。