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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

過去から学べない民

 先の大戦からもうずいぶんと長い年月が経ったが、我々はそこからどの程度学んできたのだろうか。以下の記事に紹介されている空襲時における対応の史実がとても興味深い。


「空襲は怖くない。逃げずに火を消せ」――戦時中の「防空法」と情報統制 / 大前治 / 弁護士 | SYNODOS -シノドス-

 ここから当時の日本政府の姿勢が見えてくる。

  • 空襲の危険性を承知していながら「空襲は怖くない」と軽視するよう宣伝
  • そして「危険ではないのだから」空襲から避難しないよう仕向けた
  • なぜならそれは人の命より人々の戦意消失を恐れたための方針
  • その方針を取り繕うためあえて「安全神話」を構築
  • その結果とんでもない「待避」方法が取られ、犠牲者拡大

 こうした愚かな行為からどれだけ学んできたかを示すに当たって、良い試金石になるのが大規模災害が起きたときの対応方法である。本当に学んでいるのであれば、同じような過ちは犯さない方針で物事は動くはずだからだ。今年で四年経った、東北地方太平洋沖地震での原発事故と重ねてみるとこれまた興味深い。

  • 原発事故が生じた後に放射線に関する基準値の変更が行われた
  • 「食べて応援」などというリスク拡散しかねない宣伝がされた
  • 人の健康や命より、経済優先の方針が未だに保たれている
  • 避難策は取られたが、四年経った今でも避難所での生活を余儀なくされている人がいる
  • その結果はまだ明確には出ていない。が、この方針の下でどうなっていくかの想像はある程度可能だ

 戦争と原発事故を重ねることにはムリがあると言われる人もいるかもしれないが、筆者は「危機局面」という文脈においては共通していると考えている。危機局面において何を優先し、どうリスク回避するかの方針は戦争でも大規模事故でも同じである。

 

 ざっと見ただけでも戦時中に行った方針と原発事故での方針と共通する部分は多い。当時公表されたパンフレットなのか看板なのかはわからないが、そのまま現代ではテレビCMに変わったと見てもいい。

 危険を承知しているにもかかわらず「安全」と喧伝し、目先の利害のみ追い、具体的な解決方法は脇において、事故や事件が起きてからもその記憶の風化を促進させることしか頭にないのは、ある意味日本国という国単位での短所と言ってもいいのかもしれない。もちろんこうした傾向を持つのは日本だけではないが際立っていると筆者は思う。

 

 日本人は過去とは向き合うのは苦手で、同時代にある諸外国の動向と自らを比較することで国を運営してきたという説を述べている本を読んだことがあるが、これはまさしく的を射ている。過去からの時間の積み重ねでの自己評価ではなく、他人との比較で自分の立ち位置を決めてきたと言ってもいい。これは良い悪いの問題ではなく、そういう国の成立ちで今まで来ているということだ。

 「そんなことはない」と思う人は多いかもしれないが、上記に述べてきた一例を見ても我々は過去の行いから学んできたとは言えないのではないか。

 またそれとは対照的に、今でも米国の生活スタイルはどん欲に取り入れている。欧州に対する憧れのような眼差しは、旅行雑誌の量をみてもわかるだろう。どれも実際は羨望を向けるほどすばらしいものではないのだが、他国との相対的な立ち位置を持ちたがる。

 これらの例だけで決めつけるのはよくないが、ほかにも調べればたくさん出るはずである。日本史を学ぶよりもプログラミングを学べ、という発言が出るのも、実は多くの日本人にとって違和感のないことなのかもしれない。

 

 筆者からすると過去から物事を連続的に見て行くことは、未来を占う試金石だと考えている。過去と向き合うのがいくら苦手といっても、時間の枠組みを軽視し、他者との相対的位置で物事を運営して行くのは、これからの世の中いくらなんでもキツいのではないだろうか、、と書いているこの文も他者との比較であることに相違ないのだが・・・。