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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

プログラミングでは「ブラック」から身を守れない

 三木谷氏の発言がいろいろと波紋を読んでいるようである。筆者も以下の会議内容を読んだが、三木谷氏の発言内容にはブラック臭が漂う。ベンチャー起業の旗手としておだてられている三木谷氏であるが、なんのことはない、その腹の中は「ブラック経営者」としての顔が垣間見える。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai20/gijiyoushi.pdf

 どう問題があるのかは他のサイトでも言及されているので、ここではもう表面的にしか取り上げない。経営者と労働者の扱いを曖昧化し、「ベンチャー企業というのは夢を見て24時間働くというのが基本だ」という発想は、もういつもの聞き飽きたブラック論法そのままだ。


 この会議内容の中で議事録の中に残されなかったのか、本当のところはどうなのかわからないが、一つ残念だったことがある。長時間労働を問題視している小室氏がなぜか三木谷氏の発言に反論している形跡がない。これだけ自分の信念に反する発言をただ見過ごし、許している姿勢にはあまり共感できない。

 自分の経験談を語るのもいいが、もう少し突っ込んだ質問ぐらいしても良かったのではないだろうか。こうした「ブラック発言」は頭ごなしに否定しても効果は上がらないだろうが、かと言って放置していいものでもない。ブラック発言をする自由はあるが、それに反論する自由もまた保証されている。これらの非人間的な労働を煽る発言は「丁寧に叩き潰していく」ぐらいの気概を持って望まないと長時間労働の是正など夢に終わる可能性の方が高い。

 

閑話休題。

 三木谷氏がらみでは「日本史よりもプログラミングを教えるべきである」という記事もあった。正確には三木谷氏と夏野氏の対談の中での一幕だが、筆者はこれにも大きな違和感を持つ。


「日本史なんかより、プログラミングを教えるべき」三木谷浩史氏と夏野剛氏が日本の技術者不足を嘆く | ログミー[o_O]

 彼らは企業経営者であるから、利得からの側面でしか語れないのかもしれない。ネタにしては軽薄でつまらないし、本気で言っているのだとしたら、こんなにも視野狭窄な経営者に使われる従業員が気の毒である。

 人々の今までの歩みを知らずして、どのように技術を磨こうというのだろうか。「車輪の再発明」ならぬ、愚かな「歴史の繰り返し」をよしとするのであればこのような考え方も「あり」なのかもしれない。たとえ愚行であっても、目先の利得さえ手にできれば良しとする典型的な考え方だと思う。


なぜわが社は「何億円もの失敗よりタクシー代にうるさい」のか?:日経ビジネスオンライン

 この記事に登場するサン・デグジュペリの言葉を引用したい。

船を作るなら、材木の切り方や鉋(かんな)のかけ方を教える前に、海への情熱を伝えよ

 三木谷氏と夏野氏がやりたがっているのはまさにこの逆で、木材の切り方やかんなのかけ方を優先的に教えるべきだというのと同義である。元を正せば、木を切る意味や加工する意義など考えなくともいいと述べている。これはある意味、危険な発想である。

 プログラミングはできることに越したことはないが、プログラミング技術習得を「目的」とするのは間違えていると筆者は考える。あくまでもプログラミングは「手段」に過ぎず、別にやりたい目的があるからこそ学ぶ意義があるのだ。

 盲目的に手段だけ習得する方針は自身をロボットへと変貌させる。「奴隷」と言ってもいいかもしれない。目的が見えない者は、その手段が目的に沿わなくなった時、使い捨てられる運命が待ち受ける。目的が見えない以上、なぜ捨てられたのかさえも理解できなく、次に行く先さえ見失う。

 

 三木谷氏と夏野氏は日本史が嫌いだったかもしれないが、きちんと理解はしている。歴史をどのような信念からであれ、身につけているはずである。でなければ「日本史は意味がない」などという発言はできないからだ。ここが彼らの「ズルい」部分である。

 自分は(嫌いでも)学んでおきながら、他人には「学ぶ必要はない」という圧倒的な「差」を作りだそうとしている。時が経てば、この「差」がどのように響き、変化していくか、彼らは肌感覚で知っている。目的を持てる者と持てない者の「差」をよく理解している。そして目的を持てる者は少ないほうが、自分が有利に立てることも。

 

 筆者はあえて言いたい。プログラミングなど必要になれば学べば良い。それより文学、歴史、哲学、数学などの基礎学力を時間をかけても身につけることが、「ブラック」や「ズルさ」に騙されないコツなのではないかと思う。