異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

救いがたき愚かな人たち

 異国で住むにあたって、特に国際都市の近郊にあっては、常に念頭に置かなければならないことがある。自分が人種/性差別的な表現をしていないかどうかを考えながら話すようを心がけねばならない。これは異国から多くの人が集中する都市ではごく当たり前の通常概念である。

産経新聞 曽野綾子さんのコラムへの抗議文

  例え心がけていても「うっかり」発言してしまうことは多々あり、それが「差別」と捉えられて事件につながる例も珍しくない。筆者も気をつけているつもりではあるが、何気ない一言の中に差別的な表現が含まんでしまったこともあり、相手に不快感を与えなかったどうかと動揺した覚えがある。

 また相手が日本語がわからないだろうと手前勝手に前提して、少し差別的な会話を日本語でしても構わないだろうと思うかもしれない。しかし日本人が思う以上に日本語を理解できる異国の方は多い。日本人と国際結婚をされている方の中には、話せなくとも聞くことぐらいはできる人は少なくない。日本が国際国になってきた証左なのかも知れないが、とうの日本人たちがその意識や時代の波について行っていない。

 そうしたレイテンシから生じる国際感覚のズレの延長線上に今回の事件はあったのだと信じたかったが、どうもそうではないらしい。曽野氏のやったことはもっと確信的である。

 

 ここで改めて書いておきたいが、 今回のエントリーでは筆者はかなり怒りを持って書いている。もし不快に感じるようであれば読み飛ばしていただいて一向に構わない。

 

 曽野氏は名の知れた作家であり、翻訳本も多く出している。海外在住経験の有無はどうかは知らないが、少なくとも翻訳本を出せる知識はあり、異国の文化やその背景などに、一般的な日本人よりもはるかに身近に接している。差別的な表現の種類にどのようなものがあり、それを用いればどのような影響をもたらすのか、彼女は熟知しているに違いない。

 そして、産経新聞に彼女のコラムが掲載された日、つまり2月11日がどういう日であるかもおそらく知らないはずはない。


2月11日付産経新聞掲載の曽野綾子氏の発言が「日本にもアパルトヘイトを」論として英語圏に伝わっている - NAVER まとめ

  故ネルソン・マンデラ氏が釈放された象徴的な日に、わざわざアパルトヘイトを例に持ち出し、人種隔離政策が部分的にしろ「正しかった」と言わんばかりの三拍子そろった主張は偶然にしては出来過ぎではないだろうか?これは人種差別主義肯定と捉えられても全く文句は言えない表現の仕方だと思う。

 ネルソン・マンデラ氏を当時ほぼ「黒人居住区」であった刑務所に閉じ込めて置いた方がよかったと言いたいのか?アパルトヘイト政策は良い面もあったと言いたいのか?人種間の「適度な距離」を保つためには、人種差別のある社会が機能すると言いたいのか?どう言い繕っても読む人の多くはこのように受け止めるはずである。

 この話を持ち出したタイミング、例、そして主張はどれも多くの人が血を流してようやく獲得してきた、そしてまだ獲得途上である、差別からの自由という目標を真向から否定する狂気である。その狂気をさも当然であるかのように、そして確信を持って書いているであろうその姿勢に対して筆者は怒りを覚えざるを得ない。

 掲載した産経新聞も同様なことが言える。この新聞の主張を見るにつけ、人の憎悪を煽るような主張を以前から恥ずかしげもなく掲載しているし、しかもこうした人種差別的なコラムを無神経に載せられる組織なのだ。産経新聞を「3K(狂ってる、腐っている、偏ってる)」新聞と揶揄したツイートを見かけたが、正鵠を射ていると思う。このコラムがどこかおかしいという疑問がわかないのであれば、是非「3K新聞」と社名変更していただきたい。今回のはそれほどゲスなコラムである。

 

 輪をかけてゲスなのでここではあえて取り上げないが、曽野氏や産経新聞の主張に賛同しているブログも散見される。「今回の主張のどこが人種差別的なのか?」、「サヨクが騒いでいるに過ぎない」といった主張だ。

 ならばその人たちに問いたい。世界中でなぜこの問題が広く取り上げられているのか、ぜひともご説明願いたい。

Author Sono calls for racial segregation in op-ed piece | The Japan Times

The Newspaper Columnist Who Wants to Bring Apartheid to Japan - The Daily Beast

Japan PM ex-adviser praises apartheid in embarrassment for Abe | Reuters

Japanese Prime Minister urged to embrace apartheid for foreign workers - Asia - World - The Independent

Author Causes Row With Remarks on Immigration, Segregation - Japan Real Time - WSJ

http://www.nytimes.com/reuters/2015/02/13/world/africa/13reuters-japan-apartheid.html?_r=0

Japan PM aide calls for foreign workers to be segregated | The Times

 上記は英語で報道された一部の例を取り上げたに過ぎない。これを見ても世界中の報道を「サヨクだ!」とでもいうつもりなのだろうか?ご自分の「常識」がおかしいという疑問が、もしこれでも持てないのであれば、それは世界の認識から逸脱し、自己中心的な狂気を孕んだ認識を持ちあわせているということにほぼ等しい。そこまでイッてしまっているとするならば、神経科に行くことをオススメすることぐらいしか筆者にはできない。

 

 曽野氏の書いたコラムとそれを発表した産経新聞は、異国に暮らす日本人たちのほとんどにとって迷惑な存在と感じているはずだ。ほとんどの人がこのような差別的な意識を持っていないにもかかわらず、周囲の人からは「同類」と見做されかねないからである。

 市井の個々人がどのような思想を持とうが知ったことではない。腹の中でどう思おうが考えようがそんなのはその人の勝手である。が、ひとたびそれなりの影響力のある人が差別的で糞尿のごとき認識を世界中にバラ撒くのは知性的にも、他者への迷惑行為としても大きな問題である。

 一刻も早くコラムの撤回と、最低でも謝罪の言葉は世界に向けて発信すべきだと筆者は考える。