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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

テロとの戦いは優勢と言えるのか

 筆者は安全保障のことなど、ほんの表層のことしか理解していなく、ズブの素人であるが、最近のテロ事件を見るに本当にテロとの戦いに勝っていると言えるのだろうかと疑問に思うことが多々ある。

CNN.co.jp : 政府が解読できない通信アプリは禁止を 英キャメロン首相

 

 フランスで新聞社を襲撃した痛ましい事件が起きたと思ったら、今度は日本人がイスラム国(ISIS)に人質に取られるという事件が起きている。このような事件が起きて話題が熱いうちは、デモやテロに対する抗議行動がかなりの頻度で行われ、フランスのデモなどは最近では例を見ないような規模で行われた。各国首脳も一同に集い、それが一時的であるとしても、テロに対抗する連帯感が深められてそれはそれで結構であるとは思う。

 ただ、それと同時に「だから何なのだ」という想いも抱かずにはいられない。あのデモを行うことでテロ事件は本当に減るのだろうか。連帯感を強め合ったところで、イスラム国は手を緩めてくれるのだろうか。何がテロリストたちをテロに向かわせているのか、その原因はどこにあるか見えているのか。目の前のテロリストをただ殺害することが本当にベストな対応方法なのか。どこか本筋から外れた議論や行動が行われているように筆者には思えてしまうのである。

 

 テロが発生すると引用した上記記事にあるような議論が必ず行われる。当局の監視を強めるとか、盗聴を行いやすくするとか、団体活動を規制する動きを活発化させるなどなど、キナ臭い法案がバシバシ登場するのである。それは誰でもテロは嫌だし、防ぎたいのはよくわかる。こうした法案が通ることで、普通に一般人が生活を行うにあたって、おそらく不都合になることは「すぐには」ないだろうと願いたい。ただ、紛うことなく言えるのは、このような法は、一般人の生活に「枷」をひとつずつ括りつけているということなのである。生活の自由度を見えないところから、少しずつ狭めていることにほかならないのである。

 

 ロンドンの中央街に行くと、監視カメラが街の随所に取り付けられていることに気づくだろう。ビルの壁をふと見上げれば、2つや3つすぐに見つけられる。こうして監視することにより、犯罪は確かにロンドン市内では減ってきているのかもしれない。だが、取り締まりを強化したければ、個人として見られたくない場所にも必然的に設置していく力学が働く。例えば、トイレや更衣室とかに。

CCTV used in more than 200 school toilets - Home News - UK - The Independent

 この記事では、学校側はトイレの個別部屋内を撮影しているわけではないと弁明している。だが、筆者はトイレの個別部屋内へのカメラ設置も時間の問題だと思っている。テクノロジーを駆使すれば二人以上で一緒のトイレに入った時など、異常を検知し撮影する仕組みなど今後いくらでも作り上げていくのではないか。

 

 こうした文脈から考えを進めると、常に誰かから監視され、盗聴され、自由が制限され、プライバシーなどない世界はすぐそこまで来ていると思わざるを得ない。これはある意味、囚人の世界である。個々人の自由が保証された社会に暮らす市民ではなく、「自己の空間」が実質上最大限に奪われた、巨大な牢獄に閉じ込められた虜囚の世界である。そしてこれこそが、テロリストたちがテロ対象国に求める究極の目的ではないかと思う。

 都合よく枷を嵌められた人々を一網打尽にするのは、思うほど難しいことではない。監視と管理と枷が行き届いている社会というのは、テロリストにとっても都合がいい社会なのである。そのような社会ではテロリストたちがその国や組織の管理中枢を乗っ取った場合、全ての人を詳細に監視補足でき、徹底的に自由を奪い征服することは容易になる。そしてここで言うテロリストとは、何もイスラム国に限った話だけではない。他者からの収奪を是とし、強欲な制服願望を持つ者すべてについて言えるのだ。

 

 テロ抑止を目的とした、このような「枷」を社会に嵌めていく法案は今は問題なくとも、将来大きな禍根を含むのではないかと大きく危惧する。本当のテロへの抵抗とは、例えテロ事件があったとしても動揺せず、揺るぎない自由構造体であることを示すことであると思う。テロの根本原因をつぶさに調べ上げ、歩み遅くとも、一つずつ問題を解決していくという姿勢にある。対処療法的に、このようなせせこましい法案を通そうとする姿勢は、テロによる動揺が確実に社会に広がっていることを示しているだけであり、テロリストたちをほくそ笑まさせているだけな気がしてならない。