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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

選挙に応える

politics

 選挙がはじまる。

さよなら安倍政権

 できるならば稚拙な上、国民を愚弄しているアベ政権とはおさらばしたいものである。ただ今回の選挙では争点が曖昧な上、盛り上がりにも欠ける。もし雨なども降れば、おそらく投票率はこれまでにないぐらい低いものになり、組織票の強い与党に有利に傾くのではないかと、(不本意ながら)勝手に想像している。ただ少しでもそうならないためにも書いておきたい。

 

 選挙に対する考え方は人それぞれだ。選挙に行くのは面倒くさい、投票したい候補者がいない、仕事が忙しい、家庭の事情で行けない、投票に行くぐらいならあそびに時間を費やした方がマシなど、行きたくない/行けない言い訳などあげればキリがない。だが、行けない理由を考えている時間があるならば、あるいはよほどの理由がない限りは、優先的に投票に行くべきなのは言うまでもない。

 筆者は、選挙はある種の戦いの一つだと考えている。当然ながらほとんどの候補者は自分のあらゆるものをかけて活動するだろうし、落ちれば「ただの人」になるのである。少なくとも選挙期間中は「ガチ」になって、選挙活動をしていると信じたい。この時期によくスキャンダルや怪文書の類いが出てくるのも、本気になって対立候補や党を陥れたい証左だろう。

 有権者はその候補者を気に入ろうとそうでなかろうと、「ガチ」になっている者に対し「ガチ」で応えるのが最低限の礼儀なのではないだろうか。応援したい候補に対しては投票し、落としたい候補に対しては他候補者に投票して、一生懸命引導を渡すのが筋であると思うのだ。

 

黙ってないで、NO!と言おう。| 日本未来ネットワーク

 上記のサイトはばかばかしいのでにあえてリンクは貼らない。内容は投票したい候補者がいないのであれば、白票を投じようと呼びかけるサイトである。しかし現行法では白票は無効票と扱われ、全く政治を変える力などなく、無意味だ。政治家のセンセイ方が、例え白票が得票数を上回っていたとしてもそれに対して反省をするほど、ナイーブな神経の持ち主とは到底思えない。少しうがった見方ではあるが、彼らはどのような手段を使っても当選し、自分の想いを実行できる力を手にできればいいのである。それ以上でもそれ以下でもない。

 ならばその想いに応えよう。投票したい候補者がいない場合でも、消去法で自分の考えに近い候補者に、現政権に不満足ならばその対立候補を、あるいは狡猾に自分の考えとは縁遠くともそれには一時的に目を瞑り、現政権の推薦者ではなく次に勝てそうな候補者を勝たせるよう仕向けるのも有りだろう。もちろん現状に満足しているのであれば、それを実現してくれる候補者に前向きに投票すればいい。だが、もし不満があるなら現政治の「数の原理」を執行させないよう少しでも真剣に考えながら投票するというのが有権者の示せる「本気」ではないだろうか。

 何も言わない/しないというのは「その現状に満足している」という意見表明にほかならない。口では散々文句を言っていても、投票しない/白票を投じるというのも同義である。現行のルール内で有権者に残されている最大の武器は投票という行為だ。為政者はどんなに有権者を腑抜けにしてきたとはいえ、やはりまだ「選挙に落ちる」という恐怖感はどこかにある。だからこそ多くの候補者はこの期間だけでも「ガチ」になるのだ。

 

 今後、日本がもしさらに蛮族国家に向かって行くならば、必ず投票行為に「制限」をかけて来るだろう。投票行為自体をなくすことはない。仮にも民主主義国家を表明しているのであり、かつ世界の趨勢ともなっている御旗を自ら下げることは当面ないだろう。だが、「監視」を置くことや地域住民からの圧力をかけることなどは、すでに地域によっては行われているかもしれない。都市部でもそれが当然のように行われるようになった時、実質上それは民主主義の死を意味する。

 何度も書くが、選挙は一種の戦いである。過去に人が多くの血を流しながら、血を流さずに済む方法を長年かけて考え抜いた戦いである。今持ってまだ最善の戦い方ではないかもしれない。だがその想いにも少しでも応える礼節と思慮があってもいいのではないだろうか。