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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

貧困が生む「奴隷」労働

thinking

 日本は米国のやり方をよく先行モデルにすることが多いが、以下の記事にある動きは警戒感を持った方がいい。現代社会においては名称は変わっただけで、実質的な「奴隷」は存在する。


 犯罪者を重労働や長時間労働させることに抵抗感を持つ人は少ない。犯罪を犯しているのだから何かしらの罰を受けるのは当然とするからだ。この大義名分を御旗に最低賃金で長時間労働力を確保できる手段として、グローバル大企業が注目するのも何ら不思議ではない。

 受刑者側には仕事を辞する権利もない。24時間監視されているから団結することも、ストライキなど起こすことはもってのほかだ。企業側にとっては、ある意味合法的に奴隷を確保できる最良の手段と言えるのかもしれない。

 もっとも現在は全ての業種に適用できるわけではないが、テクノロジーの進化と法律の改変によってそれも今後増えて行くことは想像に難しくない。GPSなどの行動監視装置はすでにあるが、発汗・心拍数・血圧などから詳細に囚人の振る舞いを分析していく監視装置は今後どんどん登場していくだろう。サービス業に従事させるための監視兼犯罪抑止装置なども開発されるかもしれない。それは「犯罪者の更生」という観点よりも「企業利益」という裏事情の目的のほうが強くなっていく気がしてならない。

 


 本当の意味で「犯罪者」とは言えない人たちも服役していく可能性もある。貧困から来る生活苦により、自ら刑務所に赴くような行為をしている形跡が見受けられる。犯罪行為を自らの意思で「している」のではあるが、彼らの置かれている境遇から「そうせざる」を得なく、社会的に「仕向けられている」といってもいいのかもしれない。

 今の社会では貧困や格差を広げることにより社会的弱者に対し、超低賃金でかつ強制的に、長時間働かざるを得ない環境下を作り上げている。そしてその最終到達点が「犯罪者」のレッテルを貼られる刑務所では笑い話として済まされるものではない。貧困や社会的弱者であることは罪と同等と見なし、強制的な労働力として扱われる社会は、今までと呼び名や形は違えど本質は奴隷社会に相違ない。

 「刑に服している人たちの内高齢者や知的障害者・精神障害者の占める割合が高い」と引用したブログにはあるが、これらの人たちを自己責任による服役と考えて本当に良いものなのだろうか?社会システムに歪があるからこそ、やむにやまれず「犯罪者」になることを選ぶ人たちは少なからずいるということなのだ。そしてそういう状況に悪乗りし、限りなく「奴隷労働力」に近い形で働かせ、利潤を上げていく企業行為には多くの疑問を持たざるを得ない。

 またおそらく「悪乗り」するだけでは飽き足りず、この奴隷労働力生産システムの増産体制を強化する動きがあることも記事からは窺える。利潤を求める企業として「安くたくさん作り、高値で売る」ことは基本であり、行き過ぎた企業活動の行き着く先は「奴隷」を求めることに邁進する帰結になるのは特段不思議なことではない。

 企業活動は諸刃の剣だと思う。それの全てを強力に規制することは社会を沈滞させることにつながるが、 歯止めの効かなくなった企業活動は多くの人を不幸にする。こと労働力の確保に関しては、企業の思い通りに「規制緩和」させることはとても危険だと思う。

 貧困から免れるためにあえて犯罪者になり、その先入った刑務所でブラック企業からさらにむしり取られる現実ではあまりにも報われない。利潤を求めることは企業活動ではあるが、同時に人を陥れていくやり方は人間社会の害でしかない。