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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

自国民を奴隷としたい国

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 いつも拝見させて頂いているブログ。書き方は多少乱暴な部分もあるが、それを十分補って余る興味深い視点をお持ちだと思う。

◆ 労働生産性と残業: nando ブログ

 今の日本では長時間労働を改善しようという姿勢は少なくとも政府をはじめ、財界にも前向きな姿勢は見られない。彼らの行おうとしているものはある意味、小賢しいやり方で表面上取り組んでいるようにみせかけ、その実全く逆の長時間労働を促進しようとしているとしか思えない。

 有休消化義務付けを数日分のみ企業に行わせようとしていることや、義務付けと抱き合わせで残業代ゼロ法案(WE法案)を通そうとしていることからもそれを窺い知ることができる。女性活用を声高に叫ぶが、実質それは女性の「利用」を意図しているとしか見えない。日本人男性の多くに見られる長時間労働を根本的に解決する気はほとんどない。なぜなら女性を安価に長時間働かせるには、男性の長時間労働を「模範」としてもらわなければ困るからだ。

 彼らの行おうとしていることは引用したブログにある以下の一文に集約される。

「日本が後進国になれば、低賃金の労働者を使って、企業がたくさんの利益を上げられる」

 グローバル化だとか彼らは叫んではいるが、なんのとこはない、本心は日本人を安く使い倒したいのだ。それ故、G/L型学校などという醜悪な制度を編み出しているのだろう。

 日本人を老若男女、安く使い倒したいという気持ちは異国で働き生活したり、雇用者の立場になるとよく見える気がする。筆者が「よく見える」というのは決して前向きな気持ちからの発露ではなく、後ろ向きな意味から生じている。日本で育ってきたのであれば、誰でも日本語以外で意思を伝えるのは苦労を伴う。10を言わずして指示の意図を汲んで仕事をしてくれるのは日本人に多い傾向だ。そして何より文句を言わず従順に、それこそ死ぬまで働いてくれるのが多くの現代日本人の性向である。

 人件費が安くなれば、彼らは日本に舞い戻るつもりだろう。その時には「グローバル化」などという言葉は口にされなくなることも想像に難しくない。だって、日本語で日本人を安く文句なく死ぬまで使い倒せるのだから。

 

 ただ、この謀は国というものがどう存在すべきものなのかという、根本問題を含んでいる。これらのやり方は自国民の大多数を搾取の対象としていると同義であり、またそのことについて疑問を持たせない教育を普及させていくことにほかならないからだ。

 今日にあって、使い倒しに来るのは何も日本人経営者たちだけではない。安く、経営者の意図を汲み、文句を言わず死ぬまで長時間働いてくれる労働者を欲している企業は世界中にいる。今までの流れからすれば、当然そうしたデマンドに政府は応えていく準備があることは間違いない。

 グローバル大企業に自国民を「安く売って」いくという行為は、果たして一人前の国としての体を成しているといえるのだろうか。そもそもこうした国のあり方は「国」と呼べるものなのだろうか。日本周辺国の労働実態が劣悪なのは伝わってきているが、それ以上の劣悪労働を「目標」としている気がしてならない。

 

 かつて古代や中世には敗戦国の国民を奴隷として連れてきて売買する慣習があったと聞く。だが、自国民をわざわざ「奴隷」として仕立て上げ、販売する慣習のある国家は聞いたことがない。これが成功した暁には、日本の労働力はグローバル大企業からは引く手あまたとなることだろう。同時に世界の人々からは、人類史上かつてない嘲りの対象として見られることだけは間違いない。