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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

結局のところは原発がいいんでしょ?

 「またかよ電力会社の脅し文句」、本当にそう思う。

 ドイツなどでも必ずしも再生可能エネルギーの取り組みはうまく行っていない。採算が合わないケースもあると聞くし、隣の国から電気を引いているともいう。だけど、日本と決定的に異なるのは、再生可能エネルギーを継続させ、後々には発展させていこうとする意思である。試行錯誤しながら、間違いをおかしながらも、継続して取り組む姿勢は日本と全く異なる。

 日本では世界史上最悪級の原発事故を起こしながら、その間違いから全く何も学んでいない。Under Controlであると宣うが、根本的なSolutionは結局のところまるで見つかっていない。その証拠にメルトダウンした危険極まりない核燃料は今いずこにあることさえ把握できていない。事故が起きたとき、対処の仕方、復旧のやり方、責任のとり方が明確化されていないシステムなど、「システム」と呼んではならない。

 火山が爆発する可能性が見受けられても原発再稼働には問題ないとか非科学的とか、どう頭のネジを緩めれば考えられるのか。となりの家が家事になって、自分の家に燃え移る危険性を考えることは非科学的なのか?幼稚園児でもわかる問答だ。

 川内原発の再稼働はできて、再生可能エネルギー買取りは中断。今の日本が向かっていく先の「再生可能エネルギー」の可能性はこの程度のものなのかと世界に恥をさらした瞬間である。ドイツが行っている試行錯誤とはまるで逆の「試行錯誤」である。結局のところは原発がいいんでしょ?

 原爆を落とされ、自国に放射性物質を万遍なくばらまいて、それでも原発に固執させるものは何なのだ?54基もの「エネルギー源」を敷設したつもりだろうが、これからは全く異なる風景になると想像できる。21世紀の考え方では、54基もの「セキュリティーホール」を持ち合わせているという認識が求められているのではないか。安全保障のために憲法を事実上無視し、集団的自衛権なんかを主張するより、自分の足元を固める、「セキュリティーホール」を防ぐ試みのほうが優先度は高いのではないだろうか?同盟国を守る前に自滅していたのでは世話ない。

 ドイツは間違いをしてもお金で解決できる程度だが、日本の「試行錯誤」はご存知のように、誰がどうやっても責任が取れないほど莫大な「間違い」となる。どちらがいい試行錯誤かは疑う余地もない。

 

 もういい加減そろそろ、電力会社の言いなりにならない方法を考えてもいいのではないか?どれだけ騙され、搾取され続ければ気がつくのか。電力会社に頼らなくとも電気を供給できる方法はないか、試行錯誤しているドイツからも学び、一緒に試行錯誤するのも有りなのではないだろうか。