異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

「夢の世界」の代償

昔、筆者の知り合いにTDLでアルバイトをしていた方たちが何名かいた。その経験を訊いたことがあるが、表層のバイト内容は語っても、少し突っ込んだ話になると伏し目がちになり、あまり語りたがらないことが印象的であった。これはそのブラックさに起因することだったのかもしれない。

殴られても笑顔!? ディズニーがバイトに強いる恐怖のホスピタリティ|LITERA/リテラ 本と雑誌の知を再発見

ただ、同時に今までこのブラックなやり方で恒常的に売り上げを伸ばしてきた事実も忘れてはならない。これは客に殴られても笑顔で対応する従業員の対応が、客側でそれなりに承認されてきたことを意味する。

客に「夢の世界」を提供してきたディズニーであるが、その夢の世界とは客に徹底した優越感を与えるという一面もあったのではないだろうか。

一般的に人は他者と比べて上位に位置することに対し、優越感を持ちがちである。特に自分が下位に位置していると意識すればするほど、その上下関係に一喜一憂する傾向が露わになる。店員に対し脅迫や暴力行為などを行おうとするのは、自分が上位であることを確認したいがためである。

本来、そうしたルール違反までして自分の位置づけを確認したい人たちには、店からお帰り願うとか、法的な対応を行うのが一般的のはずだ。ところがTDLはそうしなかった。客は従業員より「上位」であることの確認行為を受容した。TDLにいる間、客は従業員に対し、「上位」であること、言葉を変えれば隷属を強いても良いことを認めたも同然である。

こうした話が広まれば、「上位」にいることを確認したい人たちが多くTDLに集まってくるのもうなずける。もちろん純粋に家族を楽しませたい、友達と遊びたい、恋人とデートしたい、という動機から訪れる方も多くいるだろう。ただそれらは他のアミューズメントパークでも行っていることである。TDLでは他のアミューズメントパークにはない、ブラック臭が漂う独特の「価値提供」も加えて行っていると見た方がいいのではないか。アミューズメントパークランキングでTDLが常にダントツの筆頭なのは、表のキレイゴトだけが理由ではないのである。

だが、問題はTDLだけにあるのではない。TDLの経営世界観を我々は無批判に受け入れすぎてきた。TDLの経営に関する本がたくさん出版されているのが何よりの証拠だ。売上という側面だけで「すごい」と判断し、末端従業員がおかれている内実まで見て判断しようとしなかった。夢の世界における「上位である」ことに優越感を与えられ、踊らされているのである。

人の尊厳を土足で踏みつけてダークな優越感に浸る人は存在する。そうした行為を丁寧に否定し続けることではじめて社会というものの一面が成立するのだ。人には適度なガス抜きが必要であるが、TDLのやり方を容認するのは行き過ぎたと思う。TDLにはその経営バランスが、客には欲求のバランスが求められている。