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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

効率化は必要であるが、負の側面にも目を向けよう

たぶん以下の堀江氏の言っていることは正しいし、社会の無駄を省いていくべきだとは思う。だがどうも素直に飲み込めない。

誰が業務アプリを殺すのか:「もう政治に興味はない」堀江貴文氏が語る世の中がメンドくさい理由 (1/2) - @IT

特にITの世界の存在意義は、利便性と効率性を追求していくことにある。無駄を可能な限り省いていくことにある。そしてそれは同時に既存の仕事を奪い、壊していくことでもある。

もちろん、「イノベーション」という御旗において、新しい仕事を生み出してもいる。今まで10行うのに10の労力がかかっていたところ、ITを利用することで10行うのに1の労力まで軽減する仕事を生み出している。今までの9の労力はその場合、他で有効利用できているかといえば、現実はそう甘くないであろう。

日本の一般的な仕事場を見ると、とにかく人が多く、無駄な作業が多いことに気づく。ハンコをもらうのに駈けずりまわっている人や、エンドレスな会議に時間を浪費する。時間をかけた分、仕事をした気になっているが、単位時間あたりの生産性をみると、実は大したことなかったりする。ITの活用が現場レベルでフルに発揮できていれば、おそらくこのようなことは起きないだろう。

社会には技術的には可能なのに、そうなっていないことが多過ぎる

のは、その技術の存在を認められない人もまた多いからだ。それを認めてしまっては自分の居場所が無くなる人が少なからず存在するからだ。それは自助・企業努力が足りないから、居場所が無くなるのだと片付けてしまうのは容易い。資本主義の原理としてご退場願うのは、ある意味当然のことであるが、一方で人間社会としてのバランスが保てるのか気になってしまう。ここ数十年の急速なITの発展に、社会の構造がついて来ているとは思えない。

例えば記事にも紹介されているUberのサービス。Uberのサービスを巡って、英国のブラックキャブが先日、大規模なストライキを起こした。 だが、市民の反応は冷たかった。決して安くはないブラックキャブの利用料金に競争を持ち込むことを市民も望んでいるのだろう。時代の断面から見れば、そうした冷めた反応が起きることは自然の流れとも取れる。

だが、Uberの視線ははるか遠くを見つめているはずだ。近い将来、自動運転が可能な車両を導入すれば利用料金はさらに安くなる。配送サービスも自動運転の延長線上で可能になれば、タクシー業界だけでなく、配送業者も立場が危うくなる。Uberと自動運転車両との相乗効果が実現すれば、莫大な数の失業者を抱える可能性もあるのだ。

こうした社会の到来をどう吸収していけばいいのだろうか。少数精鋭で運営される企業はこれからのトレンドになっていくはずである。だが、皆がその「少数」に成れるはずもないのだ。今までは成れなくともある程度吸収する下位基盤はあったが、これからはその基盤すらも「効率化」されていく時代になるのではないだろうか。

社会の片隅に追いやられる人の数がこれまでになく急増し、社会バランスが傾けば、混乱は起きざるを得ない。そうならない手立てを今のうちから考えていきたい。