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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

クールビズの「クール」は、ほかの「クール」造語とは違う

日本にいた頃、筆者はスーツやネクタイが大嫌いだったが、現在の状況においては少し見方が変わってきている。

クールビズ普及の真相:日経ビジネスオンライン

東京新聞:10年目 クールビズ 夏の職場 ノーネクタイ定着:政治(TOKYO Web)

Coolという単語には二つ意味がある。もっとあるのかも知れないが、概ね「かっこいい」と「涼しい」という意味で理解している人がほとんどではないだろうか。

では「クールビズ」という単語はどちらの意味が含まれているのだろうか?wikipediaによればどちらも含んでいるように記載されている。それでは、どちらの意味に「重き」が置かれていたのだろうか?筆者の考えでは「涼しい」意味のほうに置かれていたように思う。「名よりも実」を取った、数少ない成功例ではないだろうか。反対に「クールジャパン」は「実よりも名」を取り、失敗していく悪例だと思っている。どこの世界でも自分自身を「クール(格好いい)だろ」と臆面もなく、正々堂々宣っている連中は初めちやほやされても、徐々に疎まられるのが運命なのだ。

閑話休題。

日本の真夏に「スーツとネクタイで出勤」というのは地獄以外の何ものでもない。汗だくになりながら、満員電車に詰め込まれ出勤していく姿は、さながらどこかの強制収容所に運ばれる囚人たちとどこが違うのだろうか。見ているだけでも暑苦しく、精神衛生上にも悪影響を与えかねない悪習だと思うのは筆者だけであろうか。反論がある人はぜひ意見を聞きたい。

国によって気候が違うのは当然だ。どうして日本のような気候下でスーツがフォーマルな服装として定着していったのか正直言って理解に苦しむ。暑い場所で着るようにはどう考えても設計されていない。スーツが流行りだした当時にタイムマシンで戻れるなら、「西洋かぶれ」も大概にしろと叫んでやりたい。

冒頭で、現在はスーツを着ることに違和感が少なくなっていると書いたのは、スーツは英国の気候に非常に適しているからである。少し肌寒い日が続くことの多い英国において、スーツが広まったのはまことに正しい選択だったと思う。あれほど嫌であったスーツ着用出勤も今ではだいぶ馴染んでいる。

そういえば、同僚がネクタイをするときに面白いことをしていた。会社内ではネクタイを着用せず、出勤時と退社時のみにネクタイをするのだ。なぜ社内ではしないのかと聞いたところ、外は寒いが会社内は温かいからだという回答が返ってきた。つまりネクタイをマフラーのように使っていたのだ。こうした発想は日本にいた時は全くなかったので、ちょっとしたカルチャーショックを受けたのを覚えている。ネクタイは「サラリーマンの首根っこをつかむためにあるもの」とかつて先輩から言われたことがあったが、日本でのネクタイの「あり方」とはかなり違う様子である。

筆者は日本から「スーツ文化」をいち早く撲滅したい人間の一人である。そうした文脈においてクールビズは大変結構な流れだと思う。自分たちの住む国の気候、季節に合わせた「フォーマルな服」を作っていければなおいい。国際舞台でスーツ着用が必要であるならば、その時だけ着ればいいことである。何も日本の真夏のバカ暑い時に、サウナ紛いの服を着こむ必要は全くない。

ほかの「クール〇〇〇」という造語は好きになれないが、「クールビズ」だけは例外として歓迎したい。