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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

環境が変われば労働時間も変わるのだ

なかなか面白いブログだが、筆者はちょっと違う部分に注目した。

昭和の頃より現在の方が労働時間が多い? : 疑似科学ニュース

このブログにあった、以下の雇用ワーキンググループ資料が面白い。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/wg2/koyo/131031/item2.pdf

12ページ以降の「2.日本人は働くことが好きなのか?」の調査結果。海外赴任前後での労働時間の変化がなかなか興味深い。

赴任先で日本にいるように働ける日本人は多くない。もちろん全くいないとは言わないが、自分の仕事のスタイルを日本にいる時と同じように、かたくなに行える人は少ないように思う。ほとんどの人は周囲からの視線や雰囲気、そして仕事における価値観が異なることによって、変わらざるを得ない。そしてこの調査結果はそれを強く裏付けるものだと思う。

日本人に限ったことではないかも知れないが、一般傾向として見るに、日本人は良くも悪くも付和雷同なところがあると思う。自分の周囲の人が休みを多く取ったり、早く帰ったりすると、自然とそれに見倣う傾向があることが調査結果からも伺える。周囲の動向を察しながら行動する「気遣い」や「空気を読む」ことを何より大切にする習性もあるので、はじめは戸惑いながらも、少しずつ馴染んでいく様子がおぼろげながらも想像できる。

つまり我々日本人は、長時間仕事をしている自分に美徳を感じているようであるが、場所や環境が変われば、そのような価値観は意外と脆くも簡単に捨て去ることが可能であるということを示している。言い方を換えれば、単に長く仕事をしている自分に「酔っている」のである。酔が覚めれば、自分自身の生活が仕事と同等かそれ以上に大切だったことに、とある時点で気づくことは可能なのである。もっとも日本に戻れば、また「酔っぱらい」生活に戻る可能性は残念ながら否定はできないが・・・。

 

資料にある「長時間労働が評価されるような職場環境下」とは、まず上長が率先して長時間労働を好む傾向にある職場ではないだろうか。人間は基本的に自分の行動、感性や価値観と類似した傾向にある人を好むものだ。上長の「頑張っている」の基準が長時間労働にあるとすれば、必然、部下も評価をもらうため、それに呼応するだろう。そんな状態が一定期間継続すれば、「早く帰る者=仕事をしていない者」としての雰囲気が部課内に定着するのはそんなに難しくはない。そうした弊害を防ぐためにも、定時退社することの必要性を管理職向けに社内教育するというのも一つの手だ。何なら「定時退社の回数」を評価項目の一つとして取り入れるぐらいやってもいいと筆者は思う。あくまで一例を上げたが、そうした取り組みを行ってる日本の会社はほとんど聞いたこともない。これは表向きは否定しても、腹の底では長時間労働をよしとする商慣習が根強い結果でもあると思う。

10ページにある日米比較の結果も無視し難い。多少古い統計ではあるが、日本人男性の家事に割く時間の割合はなんとも絶望的である。米国のそれと比較して1/9とは、なさけなくて涙が出てくる水準だ。以前にもブログに書いたが、家事能力は人間として生きていく上での基本必須能力だ。カイシャでの仕事に価値基準を置きすぎた結果、自分が最低限生きていくための能力を失っているようでは本末転倒もいいところである。人間の生活をやめてまで仕事に価値を置くのは、薬物中毒者と大きくは変わらないのではないだろうか。

人間、辞めますか、それとも仕事のやり方、考え直しますか?