読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

会社に労働時間の改善を頼むのは必要だが現実解ではない

thinking

こうした制度に真っ向から反対する気にはならないが、相変わらず問題の本質をみようとしていない。

リコー 午後8時以降の勤務は原則禁止 NHKニュース

結局のところ、一人当たりに行う仕事量が多すぎるのだと思う。これを是正しないことにはどこかにしわ寄せが行くだけなのだ。この場合、「みなし残業」などで扱われることが多い管理職クラスに行くのではないだろうか。

残業時間を減らす工夫よりも業務量を減らす工夫をしたほうが、長時間労働の弊害は防げるはずである。そもそも日本企業では自分の業務範疇を超えた「気配り」やフォローのようなものを求める、もしくは進んで行うことが多すぎる。相手が忘れているかも知れないから根回しをしておいたり、ボランティア的な「チェック機能」を進んで行なっていることはないだろうか。

こうしたフォローやチェック機能が回ることで、その組織に強みになる場合は確かにある。ただ、それは同時に弱みでもあると思う。往々にしてそうした行動は属人ベースになることが多く、担当していた人が異動になったり、会社を辞めたりした場合、その機能は突如停止し、事件や事故につながることは少なくない。そもそも業務範疇外、もしくはグレーゾーンに属する作業なので、後任者に引き継ぐにもためらいが生じるのだと思う。本来はそうした仕事もオープンにし、分担を明確化していく作業をしていくべきなのであろうが、そうならない例のほうが多いはずである。ちなみにこうしたボランティア的な作業を行うことが本人の自尊心と繋がっている場合、問題の根はさらにややこしく絡む。

 

上記の事例は一部に過ぎず、ほかにも「余計な仕事」は多く散在している。問題の表層を追うことで場当たり的に解決をしようとすれば、「残業禁止令」などの案が出てくるのは自然の流れだろう。

問題の深堀をしようとすれば、部署間の利害関係などにも踏み込まざるを得なく、時間をかけた解決作業はどうしても必要だ。要するに面倒くさい作業であり、かつ会社として利益に直結しない作業となるのでどうしても消極的にしか行動ができない。

ここから垣間見えるのは、会社に頼ったところで、本質的な意味での長時間労働や業務量過多の重荷から逃れることはほとんど無理だという事だ。自分の身は自分で守るしかなく、少しでも自分の生産性につながる時間の使い方を自ら工夫していくしかない。そして場違いな気遣いを求められるようなら、関係が悪くならない程度に、論理的かつ毅然と断る勇気も必要となってくると思う。

もちろん良心的な会社は日本にも存在すると思うが、その数は圧倒的に少ない。準ブラックかグレー企業が圧倒的に多いなかで生き抜くには、自ら手に入れた知恵をフル回転させることが結局のところ問題解決への近道なのかもしれない。