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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

私たちの「女性」認識は20世紀初頭から変わっていない

thinking

この記事を読んだ時、キュリー夫人を思い出した。

小保方晴子さんが声明「プライバシーに関わる取材が過熱」STAP細胞研究者

詳細な日記をつけ、過去の業績は忘れる:女性初のノーベル賞受賞者マリ・キュリーに学ぶ仕事術 : ライフハッカー[日本版]

マスコミが不必要に煽り立てたとする書き込みをよくネット上で見かけるが、それは半分間違えている。我々日本人の多くが小保方氏が若い女性であることをことさら注目し、彼女の「業績」ではなく、「女性」の部分に注目したがる傾向があるから、マスコミも取り上げるのである。

これは科学者である彼女に対して、ある意味冒涜であると思う。本人がそれを望んでいるのであれば問題はないかも知れないが、声明を出していることからも本人は全くそれを望んでいない。真摯にその業績にのみ注目するのであれば、「知人・友人をはじめ、近隣にお住いの方々にまでご迷惑が及」ぶことなどありえないはずなのである。

キュリー夫人もこうした「迷惑行為」に遭遇されたのだろう。彼女の語録からもそれは窺い知ることができる。

「人間に対して興味をもつのではなく、アイデアに興味をもってください」

「科学の世界では、物事に対して関心をもつべきです。人間にではなく」

問題はキュリー夫人のこの発言は20世紀初頭にされたということである。当時は男尊女卑がまだ激しい世の中であったからこうした発言が出るのは無理はない。翻って現在はいつでしょうか?そう21世紀なのです。100年近く経過したというのに我々日本人の認識は100年前の当時ヨーロッパと大した差異がないということだ。

このことは反省をもって再認識するべきだと思う。この100年、ヨーロッパからは多くのことを学んだはずではなかったかと。いったい何を私たちは学んで理解してきたのかと。

女性と見るやいなやこぞって「ご迷惑」をかけてしまうような、矮小かつ下劣な意識/行動は少なくとも公の場に出すのはマスコミも我々個々人も、「いいかげんそろそろヤメにしよう」としっかり認識すべきだと考える今日この頃なのである。