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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

居酒屋甲子園はやはり批判的に見つめる必要がある

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歯の奥にものが詰まったような違和感が拭えきれない記事である。

批判のあつまっている「居酒屋甲子園」の実体には、報道などよりも複雑な味わいがあった(井上 明人) - 個人 - Yahoo!ニュース

居酒屋甲子園は、どのように批判されるべきか。(井上 明人) - 個人 - Yahoo!ニュース

先日、居酒屋甲子園のいかがわしさについて触れたが、これは別の視点から俯瞰している記事で、なかなか興味深い。ただ、話がダラダラと長いのと、特に二つ目のリンク記事では、炎上するのを恐れてか、必要以上に各所に消火栓を設置し過ぎている。その結果、記事の著者が言おうとしていることが希釈され、何を本当に言いたいのかとてもわかりづらい。

そうした中でもいくつか気になるフレーズがあるので抜き出してみる。

「仲間」「本気」「夢」「絆」「熱く」という言葉を聞かなかったことにして、絶叫も、感動BGMもさっぴいて、聞いてみる。すると、中身がみえてくる。それは、それなりにきちんとものを考えて、ビジネスをしている人たちの話のようにしか聞こえない。

 「仲間」「本気」「夢」「絆」「熱く」といった居酒屋甲子園のキーワードをさっぴいて聞いてみることに意味はあることなのだろうか?繰り返し絶叫されるこれらのキーワードをつぶさに見ていくことで、居酒屋甲子園の本質が見えると筆者は考えている。逆に繰り返されないフレーズを見たところで、それは居酒屋甲子園側の怪しさ、ブラックさをカモフラージュするためのデコイに引っかかっているという見方はできないだろうか。

現状の居酒屋甲子園が100%「いいもの」だとは残念ながら思えなかったが、居酒屋甲子園を通じて、労働者の労働環境をどう改善していくのか、という議論が活発にされているということ自体は確かなことであり、単に現状の報道のような印象だけでいいものなのだろうか。

労働者の労働環境をどう改善していくのか活発に議論がされているのであれば当然、労働賃金向上、つまり給与の話が活発に議論されていても不思議ではないと思う。究極の話をすれば労働の対価は賃金である。どんなにやる気だの夢だのキレイ事を語ったところで、オマンマを買うお金がなければ働くことさえできない。「腹が減っては戦はできぬ」とはよく言ったものである。

ところがこの記事に登場する例はどうサービスを向上すればよいかや、事業への取り組み姿勢に関するものがほとんどだ。強いて賃金面で取り上げられているものは「年収は250万で、日によっては16時間労働」というフレーズで、これは経営者であればアリかもしれないが、従業員の立場としてはとても労働環境の改善とは言い難い。本来、労働改善を求めていく現場というものは、もっと現実的でキナ臭いものだ。そうした現実を避けて 「仲間」「本気」「夢」「絆」「熱く」といったキレイ事キーワードで飾られた「労働環境改善」などどうしてできようか。言い換えれば、居酒屋甲子園には究極の意味で従業員の労働環境改善になど取り組む姿勢などないと言ってよい。

 

ある意味、この記事の著者は居酒屋甲子園の「熱に浮かされている」と見ることもできなくない。祭りなどでも人は引き寄せられるように、こうした熱はある意味人を惹きつけ、本人は冷静のつもりでいても、他人から見ればその実そうでもないことが多い。

その熱が留まっているときは、「ブログの糧」程度で済む話になるが、ベクトルと運動量を持つようになるとこの程度では済まない話になることが多い。それゆえ、筆者は居酒屋甲子園などのイベントは批判的に見つめていく認識を持つ必要性があると日々想う。