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異国見聞私書録

異国から見たこと感じたこと気になったこと。そして時折テクノロジーのお話。

王政復古への布石

politics

この法案が成立したことにより、日本は一つの分岐点を通過したのかも知れない。

特定秘密保護法が成立 「知る権利」損なわれるおそれ
http://www.asahi.com/articles/TKY201312060265.html

情報を局所的に集中させることによる為政者の権力強化は間違いなく行われる。拡大解釈の余地を残しておいたり、アマい監視機関をおこうとしているのがその証左だろう。
「秘密」と認定された情報が60年、もしくはそれ以上公開されることはないというのは、その情報は事実上「なかったことになる」と同義と見ていい。ある人間たちにとって都合の良い、一方的な情報のみが公開される例は過去の歴史を見ればいくらでもあるが、そうした時代では「権力者に権力が集中する」政体が取られていた例がほとんどである。

こうした政体がはたして人々の不幸に直結するのかというと必ずしもそうではない。適時適所で情報の扱いが上手な権力者であれば、問題は少なく世の中は逆にうまく機能するだろう。秘密保護法に相当する法律が存在するのかどうかわからないが、さまざまな権力が集中化するシンガポールなどはいい例だと思う。

李一族の力が強いシンガポールでは経済繁栄を謳歌していると聞く。変化の早いグローバル社会にあって、その意思決定は李一族の影響下で素早く行われるため、世の中の変化について行きやすい。国自体が巨大な「企業」のようであり、その方針がうまく伝わるよう制度設計されてもいる。しかしながら、言論の自由はなく反対勢力に対しては容赦のない制裁を加えているとも聞く。

こうした王政に近似した政体であれば時代の変化にも迅速に対応でき、大多数の人々の希望を上手く吸い上げている限りにおいては問題なく機能すると思う。しかしながら歴史を見てみると、意志決定は早いが、その方針に思わぬ問題が起きた場合、その政体の衰退も早く、混乱の度合いも大きなものになる傾向があると思う。権力者の人格にも大きく国民は左右されるハメにもなり、暗君であれば昨日の繁栄は一転して明日の暗闇に変わる。繁栄している間の不満は少ないが、一度衰退期に入れば、制度腐敗や自由度の少ない社会に対して今まで人々の潜在意識下で凝縮していた不満も暴発する。いわば「ハイリスク・ハイリターン」な社会形態なのである。

日本が意識的に王政に戻ろうとしているのかどうかの判断はまだつかないが、「王政に近い状態」に向かいつつあるのではないだろうか。シンガポールなどを理想モデルとしているのであれば、「王国」を築く上で権力と情報の集中、およびそのコントロールは避けられない命題なのである。

王政を執ることが日本に取って「肌に合う」政体なのかも知れない。日本史を見れば数度に渡って王政復古は実際行われている。しかし先の大戦を見ても大きく道を間違えた例もあり、一部自業自得の面も否めないが、その「ハイリスク」をいつも取らされたのは国民であった。「ハイリスク・ハイリターン」国家が本当に目指すべき国家像なのか、その過去の経緯から我々は明日をもっと学んでもよいのではないかと思う。